もともとチベットやヒマラヤの高地などの寒冷地に生息していたアンゴラヤギ。

寒暖の差が激しく、寒さ厳しい土地でも体を守る被毛。
痩せた土地でも生き延びられる食性と山羊らしい頑健さを持つ山羊です。

家畜としてのアンゴラ山羊

数千年前に遊牧民によりトルコへ運ばれ、家畜化されていったと考えられています。

トルコが発展させた「モヘア」

18世紀の中頃までは、オスマントルコが独占してアンゴラヤギの飼育、改良に努めてきました。

オスマントルコは、世界中のモヘアの取引を独占するために、 オスのアンゴラヤギはすべて虚勢してから輸出したと伝えられています。

当時のオスマントルコは、モヘアが他の獣毛を卓越した特質を持つ素材であることを十分に理解していたのですね。

南アフリカ、そして世界へ

1838年、南アフリカがアンゴラヤギの繁殖に成功します。 彼らが輸入したヤギの中に、たった1頭だけ妊娠しているメスがいたためと伝えられています。

1849年、開墾用の目的で、アンゴラヤギがアメリカに輸入され、ユコンゴールドラッシュの時は、アンゴラヤギは、ソリを引き、探鉱者たちに、食料や衣服を運びました。

この時から、特別な繊維を作り出す「アンゴラヤギ」が、トルコだけのものではなく、アメリカやカナダに広まっていきます。

アンゴラ山羊の現在

アンゴラ山羊モヘアは世界の産物。その需要と供給は世界の天候パターン、政治、ファッション需要により変わります。 現在モヘアの世界2大生産地は南アフリカと米国テキサスです。

干ばつがあれば山羊が死に、政治不安により、山羊が殺されます。 アメリカ政府がウール・モヘヤ産業への助成を打ち切った際、たくさんの山羊が殺されました。

1990年代初頭にはアメリカには2,000,000頭のアンゴラ山羊がいましたが、 アメリカン・モヘヤ・カウンシルの推定によると、1999年には370,000頭にまで減少してしまったそうです。

現在、アンゴラ山羊は主にモヘア用にとして飼育され、その扱いについて様々な基準・認証などが設けられています。

南アフリカでは、ヤギの扱いや生産者の待遇など現在でも様々な問題が指摘されていますが、アンゴラ山羊モヘアは南アフリカの国策として、フェアトレード、飼育方法や従業員の処遇改善、認証の取得などが進められています。